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『二十一世紀の教育』と牧口常三郎先生について
創価学会の池田大作名誉会長は、

「二十一世紀の教育を考えるにあたり

『社会のための教育』から『教育のための社会』への

 パラダイムの転換が急務ではないかと、訴えたいのであります」

(「『教育のための社会』目指して」)と述べている。

 いったい、国民教育の目的は何であろうか。・・・・・・(教師の)諸君が膝もとにあずかっている
可憐(かれん)な児童(じどう)たちを、どうすれば将来もっとも幸福な生涯を送らせることができるか
という問題から入っていくほうが、時にかなった適切なことと感じるものである。

(『地理教授(ちりきょうじゅ)の方法及内容(ほうほうおよびないよう)の研究』)

 諸君は、真に「砂中の金」であり、金は金でも、はじめからの金ではなかった。
光ってはいなかった、泥まみれの石であった、人も自分も、そう思っていたのである。
それが、一度見いだされてみると、
立派な金として光っていられるとは、他人も本人もともに、そう思うであろう。
「泥中(でいちゅう)の蓮」とはこれで、「妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)」と言うことのあるゆえんである。

(「大善生活法(だいぜんせいかつほう)の実践(じっせん)」)


牧口常三郎がほんとうに信頼していたのは、青年であった。

「このような大生活改革(だいせいかつかいかく)は、結局、純真に真理を求め、正義のため、国家のために、敢然(かんぜん)として闘うだけの気概ある青年教育家でなければ、少しも相手にされないであろう」

(「教育改造(きょういくかいぞう)と宗教革命(しゅうきょうかくめい)」)。

牧口は、正義と人権の旗を掲げ、創価の剣の役目をはたす、若き人材たちに、すべてを託していたのである。

 そして、牧口が、青年とともに期待を寄せていたのは、母であった。母たちこそ、教育改造の原動力であり、未来における理想社会の建設者にほかならない、と断言する。

 新時代を開くものは何か。それは、やはり、青年の熱と力である、といえるだろう。
そして、また、大きな基盤(きばん)をつくるのは、女性の力、母の力なのである。

(参考文献 「幸福に生きるために 牧口常三郎の目指したもの」 
著者 古川 敦 第三文明社)
(ふりがな 加藤英俊)


(写真 2012 3 八王子)
# by szrecords | 2012-05-23 00:09 | Trackback | Comments(0)
子供たちを守ろう!光が見えることが楽しくて、調子に乗って太陽を見ようとする危険性から。
子供たちを守ろう!光が見えることが楽しくて、調子に乗って太陽を見ようとする危険性から、子供たちを守ろう!


太陽を見ると、眼の網膜の中でも、
もっとも感度が高い中心部分やその周辺に光が集まります。
その光によって、網膜にやけどを起こすのが、
この「日食網膜症」です。

(参考文献
『金環日食を楽しむための事前知識。当日気を付けたい「日食網膜症」を防ぐ4つのポイント』
http://news.mynavi.jp/c_cobs/news/myspi/2012/05/4_15.html)

「可視光について」(見ることのできる光)

色   波長    エネルギー
(紫外線)

紫 380-450 nm 2.755-3.26 eV
青 450-495 nm 2.50-2.755 eV
緑 495-570nm 2.175-2.50 eV
黄色 570-590nm 2.10-2.175 eV
橙色 590-620nm 1.99-2.10 eV
赤 620-750nm 1.65-1.99 eV

(赤外線)

可視光線より波長の短いものを紫外線、長いものを赤外線と呼ぶ。
可視光線に対し、赤外線と紫外線を指して、不可視光線(ふかしこうせん)と呼ぶ場合もある。
可視光線は、通常はヒトの体に害はないが、強い可視光線が目に入ると網膜の火傷の危険性がある。

(参考文献 Wikipedia http://ja.wikipedia.org/)

太陽光には、目に見える光のほかに、赤外線や紫外線など目に見えない「不可視光線」が含まれています。
そのなかでも波長の短い光がメラニン色素に吸収され、光化学反応が起きて視細胞が障害されるという仕組みなんだとか。

(参考文献
『金環日食を楽しむための事前知識。当日気を付けたい「日食網膜症」を防ぐ4つのポイント』
http://news.mynavi.jp/c_cobs/news/myspi/2012/05/4_15.html)

イーカロス(古典ギリシア語:Ἴκαρος)は、
ギリシア神話に登場する人物の一人である。
伝説的な大工・職人ダイダロスとナウクラテーの息子。
母ナウクラテーはクレータ島の王ミーノースの女奴隷である。
長母音を省略したイカロスや、ラテン語読みのイカルス(羅: Icarus)とも表記される。
ダイダロスとイーカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮(あるいは塔)に幽閉されてしまう。
彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、

空を飛んで脱出したが、
※空を飛べることが楽しくて、調子に乗って太陽に近づこうと、イーカロスは父の警告を忘れ高く飛びすぎて、
太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。

彼が落下した海は、彼の名にちなんでイーカリアー海と名づけられた。

(参考文献 Wikipedia http://ja.wikipedia.org/ ※追加 加藤英俊)

「イカルスの嘆き」ボードレール(訳:村上菊一郎)

娼婦の情夫どもときたら
幸福で朗らかでご満悦の態だ。
だがこの私は、雲を抱きしめたために
両腕が折れてしまった。

憔悴しきった私の眼に
日光の名残だけしか見えないのは、
大空の涯に輝いている
比類ない星たちのお蔭なのだ。

虚空の究極(はて)とその中心とを
見極めようとしたのは無駄だった。
何か知らぬが火のような眸を浴びて
私は翼の砕けるのを感じる。

美への愛のために身を燬かれたが、
私は、私に墓を提供するあの深海に
自分の名前を冠するような
崇高な名誉さえ持てないであろう。

(参考文献 http://thelookoflove.blog.so-net.ne.jp/2009-07-20)

子供たちを守ろう!光が見えることが楽しくて、調子に乗って太陽を見ようとする危険性から、子供たちを守ろう!



”英知を磨くは 何のため 君よそれを忘るるな”
師匠 池田大作先生が創価大学に贈られた言葉である。
弟子である私の使命として、
子どもたちの未来の生活のため、国民の生命を護るため、作成致しました。

2012/5/19  加藤 英俊
# by szrecords | 2012-05-19 01:13 | Trackback | Comments(0)
「人間の安全保障」 アマルティア・セン博士について
アマルティア・セン博士

インドの経済学者。哲学、政治学、倫理学、社会学にも影響を与えている。アジア初のノーベル経済学賞受賞者。1994年アメリカ経済学会会長。ベンガルで生まれ、9歳の時に、200万人を超える餓死者を出した1943年のベンガル大飢饉でセンの通う小学校に飢餓で狂った人が入り込み衝撃を受ける。またこの頃、ヒンズー教徒とイスラム教徒の激しい抗争で多数の死者も出た。これらの記憶や、インドはなぜ貧しいのかという疑問から経済学者となる決心をしたと言われる。宗教は無神論者。

(参考文献 Wikipedia)

『(以下、人間の安全保障委員会『安全保障の今日的課題』朝日新聞社)。

いわく、「人間の生存と日々の暮らしの安全を脅かし、
男女が生まれながらに有(ゆう)する尊厳(そんげん)を冒(おか)し、
人間を病気や疫病(えきびょう)の不安にさらし、
そして立場の弱い人々を経済状況(けいざいじょうきょう)の悪化に伴う
急激(きゅうげき)な困窮(こんきゅう)に追いやる種々(しゅじゅ)の要因に対処するためには、
突然襲いくる困窮の危険にとくに注意する必要がある」と。

つまり、「人間の生にとってかけがえのない中枢部分(ちゅうすうぶぶん)」を蝕(むしば)む危険や不安を少しでも軽減し、取り除くための努力を払うことなくして、社会の真の安寧(あんねい)などありえないことを、博士は強く訴えているのです。』

(ふりがな 加藤英俊)
(参考文献 『第37回「SGIの日」記念提言「生命尊厳の絆輝く世界を」創価学会インタナショナル会長 池田大作』大白蓮華 2012/3 聖教新聞社)
# by szrecords | 2012-05-17 00:11 | Trackback | Comments(0)
『依正不二(えしょうふに)』
『第二章 人間を取り巻く環境

1 人間と自然

池田 仏法では、自然界そのものが独自の生を保つ生命的存在であると説いています。そして、人間は環境である自然と融和(ゆうわ)して初めて、ともに生を営み、享受(きょうじゅ)できるのであって、それ以外に自己の生を創造的(そうぞうてき)に発揮させる方途(ほうと)はない、と教えています。

 仏法の"依正不二(えしょうふに)"の原理は、このような自然観に立って、人間と自然とが互いに対立する関係にあるのではなく、互いに依存(いそん)し合う関係にあることを明らかにしているわけです。主体と環境の関係を分離して対立的に考えるならば、両者の真実の姿をとらえることはできません。しかも、環境とは一定不変(いっていふへん)の固定的なものではありません。たとえ同じ自然、同じ土地であっても、そこに存在する生命の主体によって、環境の存在意味がまったく違ってきます。たとえば、人間には人間の、鳥には鳥の環境があります。また同じ人間でも、環境は一人一人にとって独自のものです。その意味において、生命主体とその環境とは、一体不二(いったいふに)の関係に立っているわけです。

 仏法は、この渾然一体(こんぜんいったい)となった主体と環境の関係を追求していって、ついに、その原動力(げんどうりょく)を宇宙に脈動(みゃくどう)する生命力に見いだしています。

トインビー なるほど。しかし、ギリシャ語やラテン語の教育を受け、キリスト教以前のギリシャ・ローマ文学を学んだ西洋人にとって"依正不二(えしょうふに)"という概念(がいねん)は、馴染みのないものではありません。なぜなら、その理念は、やはり、キリスト教以前のギリシャ・ローマ世界における世界観だったからです。〜』

(参考文献 『二十一世紀への対話』[上]著者 池田大作 アーノルド・トインビー/聖教ワイド文庫 聖教新聞社)
(ふりがな 加藤英俊)


(写真 2012/5/9 函館)
# by szrecords | 2012-05-12 01:05 | Trackback | Comments(0)
"楽聖ワイン"が登場!

 皆様、こんばんは!

函館丸井今井 和洋酒コーナーに楽聖ワインが登場!

※「芸術は世界を一つに結びつけます」楽聖・ベートーベン(小松雄一郎訳)

マイヤー アム・プァールプラッツ
グリューナーヴェルトリーナー

ベートーヴェン第九ラベル[2011]750ml
¥2,100-(税込み)

※"オーストリアの首都ウィーンにある、1683年創立の歴史あるワイナリー。

立地に恵まれた畑を所有している事に加え、最新技術の導入による品質向上に努める
彼らのワインは国内で数々の賞を獲得するなど、高く評価されている。

また、ベートーヴェンが住み、第9交響曲を作曲した家屋「ベートーヴェン・ハウス」
がワイナリーの敷地内にあり世界各国からの観光客で賑わっている。

オーストリアワインの全生産量の約3割を占めるオーストリアを代表するブドウ品種
「グリューナー・ヴェルトリーナー」を100%使ったワインワインで、
近年、若手の醸造家などの手により品質が向上し、世界的にも注目されている。"

(※参考文献 
聖教新聞<2011・5・9> 社説より、
楽天http://item.rakuten.co.jp/azumazuru/10002431/より)

函館丸井今井 地階 和洋酒コーナーにて販売中です!
皆様の御来店を心よりお待ち申し上げております。
# by szrecords | 2012-05-09 23:31 | Trackback | Comments(0)
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